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島民大運動会


文・イラスト / 貴船庄二


 今  、日本全国運動会の秋真っ盛りである。 天高く馬肥ゆる秋などはもう古い懐かしい言回しで、当今はマイ・カーで駆けつける運動会の秋である。
 この口永良部島でも各集落を結ぶ主要道はコンクリート舗装され、 それ以前では2tダンブかジープ位しか役に立たなかったのだが、 近頃ではこの小さな島でも乗用車が走るようになった。 流線型のクルマは何か街のニオイがしてこの島では似合わないなあと私は思うのだが、 中古車は実用車より乗用車の方が安いらしく又島人はこの街のニオイが好きなようでもある。 しかし僅かな住民の中で老人家庭の多いこの島ではクルマの数も少なく、 その多くは軽トラックか、箱型のもので、クルマを見れば誰のものかすぐ分かる。

 運  動会の前日、児童生徒・教員・青年たち・公民館役員・PTA会員つまり島のほとんどの人が参加して会場造りを行う。 万国旗を張り巡らし、いくつもテントを建て、入場門を造る。 この入場門は島のいたるところに自生するリュウキュウ竹の若いやつを数十本切り、 紐で束ね継ぎ六メートル程の太い棒状のものを作り、両端からそれを押し立てると馬蹄型のアーチになる。 そしてグランド入口に立つ石柱門にくくり付けるのだ。 それから竹を縛りつけた紐に杉の枝葉をいっぱい差し込んでゆくと、 みるみるうちに竹のアーチが濃い緑の杉葉で覆われ何か豪華な感じになる。 造花で縁どった横長の祝島民大運動会とペンキで書かれたカンバンを取り付け、 杉葉の中に万国の手旗をそれこそいっぱい差し込む。 ハイ出来上がり。フッハッハ〜何か愉快なのだ。
 これが無いと運動会という気がしない。 2時間程かけて会場を造った後先生方から茶の接待を受け解散、さあ明日は楽しい運動会だ。

 運  動会当日朝六時、花火の大音響で開催が知らされる。バンバンバン、はい今日は運動会ですよ〜。 朝八時半、小中学校のグランドで島民の入場行進から始まるのだが、妻は大概遅刻する。 昼食の弁当作りに手間どり、急がせればハイ、ハイと返事はよいのだが、しまいに仏頂面となり余計に手間どる。 そこで妻だけ残して先に出掛け行進に参加する。 妻は料埋は合格なのだが実務の才が限りなく0に近いといってよい程欠落している。 その度に私は今後妻を娶る時は実務に長けた女にするぞ!と思うのだが、勿論妻にも言い分があって、 家事など見向きもせずロクに仕事もせず、こと更金などに縁の無い私であってみれば、 まあ文句の言えた身分でもないのである。
 運動会の数日前から中学二年生の海の子留学生ケイスケを預かることになった。 未だに何故私たちが里親になるハメになったのかよく分からないというのが実感で、 まあ人の子を預かることなどはどうでもよろしく、 私にとってめんどくさいのはまたもやPTA会員になるということで、 やはり最近島へ来た幼児学級に通う孫娘のモエが就学するまではまだ間があるとタカをくくっていたのが、 いきなりPTA会員となった。 つまりそんなわけで今年の運動会には何が何でも家族全員入場行進しなけれぱならず、前日から妻を叱咤激励し、 家族全員での堂々の人場行進を何とか達成した次第である。

 昨  年から小中学校と島民の競技を織り交ぜた運動会となった。 小学児童7名、中学生徒は海の子留学生2名を入れて4名、計11名の子供たちが島民の競技と交じって参加する。 老齢化率40%に近いこの島では当然であろう。
 今年のブログラムは児童生徒が紅と白二手に分かれて応援合戦に始まり、30種程の競技やゲームを競い、 児童生徒の応援合戦でしめくくられる。 大規模校と違いこの島の子供たちは皆が選手であり、足が速かろうが遅かろうが走る。 島民に交じって玉入れもすればつな引きもする。 大きい子は小さい子の面倒見がよく、島民にとって数少ないこの子たちは宝であり、 どの子にも措しみ無く私たちは声援を贈る。 子どもたちはどこに居ても島民たちから声を掛けられあいさつをする。

 金 (かながたけ) 小学校においては児童生徒1名か2名に先生がついていて基礎学力で落ちこぽれるということはない。 島の小学校を卒業して鹿児島の高校に進学した女子生徒は言う、 同級生が沢山いて答えさせられることが少なくなりちょっとホッとしたよと。成る程ね。
 だだっ広い体育館を11名の児童生徒が走り回り、広い教室に2名の児童が先生を前に机を並べている。 児童1人の愛ける教育の恩恵は街の子たちよりはるかに高い。 しかしもっと仲間が欲しい。1学年に10名ほどの仲間が居れば勉学にスポーツに遊びに迫力が出る。 疎外される子も無く中には気の合った友もいる。 こうなれば結構なことだが、そのためにはもっと若い人たちが島に定着しなければならない。 島外に息子・娘・孫たちを持つ島の老人たちは言う、 島に子供が増えて欲しかぱってん島へ戻れちゅうても仕事ものうてぐらしか、 ウチはごてがかなわんようになったら子供の処へ行くよ。成る程ね。

 一  つ競技に出れぱ必ずタワシやプラスチック容器やらを貰い、一年分の雑貨稼ぎにはもってこいで、 我が家族は人数の多さにもの言わせて稼ぎまくる。 ウッハッハ〜、溜まった溜まった。
 青年たちは大概の種目に出ずっぱりで百メートル走などムキになって走っている。 長距離走は私も最近まで走ったり相撲もとったりしたが、心不全など起こしてはたまらないからもう私は御免こうむる。 年寄りたちはさすがに走ることは難儀で玉入れや輪投げなどフィールド内でのゲームに参加するのだが、 中には昔足に自信があった婆ちゃんなどは子供に交じって50メートル走ったりするのもいる。 輪回しなどは年寄りの方が上手で若い者も歯が立たない。 きれいな空気を吸い、うまい水を飲み、新鮮な魚を食べ農作業に精出す島の年寄りたちは皆元気で、 街の老人たちに比べてはるかに強い。
 小学生全員の「ぽくら一輪車隊」という種目がある。 サーカスに出てくるような一輪車に全員七名がそれぞれに乗ってグランド内を処狭しと走り、手をつないだり、 そのアーチを別の児童が走り抜けたり、全員手をつないで走ったりなかなかのものなのだ。 全員が乗り走れるのはこの島ならぱこそで、私の孫娘も乗れるかなあ。

 昼  前、新顔紹介と銘うった種目があって、その年新たにこの島の住民となった人たちを島民に紹介するのだが、 今年はUターンした二十歳前の青年エイイチとトヨシゲ、海の子留学生で中学二年のマリコとケイスケ、私の孫娘モエ、 新任のお姉ちやん先生と学校事務官の奥さん、そして広島大学の学生三人が加わってにぎやかな顔ぶれであった。
 それぞれ自己紹介を済ますと椅子取りゲームを行うのだが、一名分の椅子を除いて円を描いて並ぺ、 新顔はおはら節の曲に会わせ踊りながら椅子のまわりをぐるぐると回る。 音楽が止められたら近くの椅子めがけてサッと座れば誰か一人は座れない。 妻に連れられたモエは半ぱで椅子を失い、とうとうU夕ーン青年ケイイチとトヨシゲが残った。 最後に残った者は褒美が約束されているのだがそれはケイイチであった。 その褒美は、椅子を譲るという謙譲の美徳をおろそかにしたというわけで、何か歌を唄えということである。 エイイチは恥ずかしそうにしていたが観念したらしく、卒業した金岳小学校校歌を堂々と唄った。
 よく帰ってきたね。ありがとう。

 新  顔の人たちを入れて皆でおはら節を踊って、さあ昼食だ。 広い体育館の中にそれぞれ家族は円く陣どり、学校では御法度のビール、焼酎も今日は解禁でにぎやかなお弁当を開くのだ。 さて我が家のごちそうはいなり寿司、のり巻き、鶏のからあげ、つけ揚げ、フルーツかんてんで、 漁師のゴトウオジがシツとモハメの刺し身を提供してくれた。 私はこれが大好物なのだ。やはり子供たちはこのにぎやかなごちそうが楽しみだ。 たらふく食ぺた子供たちはもうグランドに出て遊び回っている。元気なものだ。
 午後からはいろいろゲームを主としてあるが、 やはり発奮するのは大詰めの児童生徒紅白リレーであり島民の職場別対抗リレーだ。 紅白リレーは子どもたちの走るるカを教員は把握しており、あまり差がつかない様に配置している。 ヨーイドン、早い子も遅い子もカー杯走る。父兄はラインギリギリまで出て腕をふりまわし声援する。 それ走れ〜、そら追い抜け〜、きばれ〜、勝っても負けても皆笑い拍手である。平和な島の一日だ。


 職  場別対抗リレーで強いのは何といっても教員チームで、常日頃子どもたちと走って鍛えているから何時でも臨戦体制OKだ。 それに比べて他の職場はにわか仕立で、欠席が出ると他から足の連いのを確保しようとやっさもっさとなる。 だいたいにわか仕立チームは威勢はいいのだがどこか浮き足だっており、はたで見ていると何やら可笑しい。 今年の最強チームはやはり教員チームで、ウーム憎らしいかぎりである。 最後の紅白応援合戦も終わり、小中学校の優勝チームは白組であった。 一通りの閉会式を済ませ怪我人も出ず、年一度の大運動会はかくて終わった。
 しかし大運動会の余波はこれからなのだ。 閉会後すぐに皆で万国旗を降ろし、テントをたたみ、入場門を外し手早く後片づけを済ませ、 早速公民館で反省会と称するつまり飲ん方 (のんかた) となる。 床に手早くゴザを敷き、たたんだ脚のまま長い机をいっぱい並ベ、 主に女性陣がコップやつまみを用意して集まった島民一同ピールで乾杯するのだ。 今日の盛大な運動会を祝して!これからの口永良部島の発展を祝して! 乾杯!  こうなると運動会ではあまり活躍しなかった連中も俄然活躍し出し、 今日は誰それが速かった、いや〜、あん衆 (し) は強かと活躍した選手を讃え、オイも30代まではよかひこ走ったぞと昔を誇り、 ヨシッ来年に向けて繰習するぞと宣言する者もいたり、来年のチーム編成を始める者もいる。 この公民館での飲ん方は序の口で、その後場は先ず校長宅に移り歌を唄い踊り出すとますます勢いが出て、 小学校や中学校の教頭宅になだれ込み、又校長宅に舞い戻り、いつ果てるとも分からぬ宴は続くのである。

 翌  日、飲み遇ぎて頭をふりふり眼は赤く、足をひきずり、イテテと腰をさすり今日一日の仕事に向かうのである。 又来年の今日も全くこの通りであることは間違いない。

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イクばあちゃんとヒノばあちゃん