■  明日への道  ■


文・イラスト / 貴船庄二



** ***

 日への道・・・これは上屋久町が口永良部島の活性化対策に 用いた名称である。
 平成七年八月四日”新たなる活性化への道を考える口永良部島シンポジウム”が 夕刻六時半より島の学校体育館に於いて催された。出席者は中学校生徒を含め 島民七十余名、島外から約三十名と近年例のない大集会となった。
島外からの出席者は町長をはじめ町職員十余名、町議会議長及び町議員五名、 大学教授三名、県職員一名、行政官二名、新聞記者一名である。

 ンポジウムは町長と町議会議長の挨拶につづいて鹿児島経済大学の高橋 良宣教授による基調講演の後パネルディスカッションが開かれた。高橋教 授は日永良部島の振興策策定を上屋久町より依頼され幾度か島を訪ねられ私 も面識がある。パネリストは大学教捜三名、県離島振興謀長、熊本営林局自 然遺産保全調整官、国立公園屋久島管理官及び地元代表一名という顔触れで ある。
 どのようなディスカッションであったか読者の方々にどう伝えたらよいの か、私にはどうももやもやしたものでおざなりな感がした。しかし高橋教授 の基調講演の中で、島民の生活安定を目指すか生産活動の基盤と条件を目指 すかいずれを選択するにせよ皆さんの覚悟が必要であるという意味の言葉が 印象に残っている。
 一時間程のパネルディスカッションの後三十分程質疑応答がなされた。質 間者はあらかしめ内容の表題と応答願いたいパネリストを前以て知らせて欲 しいと町から要請があり、質間希望者は四名であった。

 て一番前列に腰掛けた私は真先に質問した。
 内容は四つあったが最初の質間内容が私にとって口永良部島にとって最も 大事であった。その表題は「松毛虫防除薬剤空中散布について」である。
常日頃思っていることをすらすら質間出、来れぱよいのだが、いざとなると何を 質間しようとしていたのか訳が分からなくなる。そこで急遠質問内容を作文 し読み上げることにした。今読み返してみると赤面せざるを得ないのだが、 取り繕ったとて致仕方ない、次の通りである。
 「先ず松毛虫防除薬剤空中散布について生態学を専門とされる田川先生に ご意見を伺いたいと思います。今年六月でありましたか町職員の出向により 日永良部本村地区松毛虫防除の説明会があり、結果として島民多数の要望に より今年九月か十月町単独でへリコプターによる薬剤空中散布が行われるこ とになりました。過去十年近く空中散布が実施され、数年中止された後又今 年から再開されることになりました。
町へ過去十年に亙る空中散布の追跡調査結果等の説明を求めましたが、説明 会に於いては鹿児島県が作成したかなり古い資料を手渡され充分な説明を受 けたとは思えません。散布された薬剤は土に含まれた水や樹々の根囲りに貯 えられた水と一緒に染み出し、川となり湧水となって飲料水になり海に流れ 込みます。水源を避ければ飲料水に問題は無いのでしょうか。海への流入に よる魚貝や他の生物への影響はどうなのでしょうか。松毛虫以外の生物への 影響はどうなのでしょうか。松枯れを起している地域と起さない地域がある のはどうゆうことでしょうか。実生からどんどん若い松が育っています。薬 剤空中散布は正しい方法と言えるのでしょうか。
 空中散布を望まれる方々も農薬は体に悪いぞということは知っておられま す。自ら食べる野菜には薬を振らない方もおられます。しかし松は食べる訳 ではないし、枯れてゆく松を前に、それを伐り出し材や燃料としその後を植 樹してゆく余力はないし、空中散布に頼りたいというのが本音であろうかと 思います。
しかし私にはそれはあまり にも安易な方法であり考え方であると思われてなりません。私たちを含めて これからの若い世代の人たちは薬剤に頼らず、又杉や松の経済性を考えるだ けではなくその地に適した広葉樹等を認識し、杉や松の適地を認識し樹木豊 かな島造りを目指さなくてはならないと思います。これからの若い人たちは 薬剤に頼らずどんどん植樹してゆくぺきではないでしょうか」

 の他の三つは質間に乗じて私が常日頃考えていることを盛り込もうとし たもので赤面どころではないので割愛させていただく。最後に質問ではなく 出席した島民に訴えた。次の通りである。
 「最後にこれは質問ではなく今日出席された皆さんに間いて頂きたいので すが、私はこの口永良部島は本当に可能性に満ちた島だと思っています。こ の島が離島であることは大きな強みであり非常に恵まれたことなのです。こ のことを子や孫に伝えねぱなりません。この島を支えて来られたお年寄りの 方々は戦争や物資の乏しい厳しい時代を生き一重に豊かな暮らしを追求され て来ました。お陰で私たち若い世代の人たちは豊かな物資に恵まれ不足の無 い暮らしを送っています。しかしその豊かさの反面には地球規模の環境汚染 があり、後進国と言われる国々の人たちは飢えや国土の荒廃により悲惨な状 況に置かれています。私たちは既に己れの利益を追求する前に地球自体を考 えなけれぱならない時代に入っています。子や孫の代にはもっと深刻な事態 になるでしょう。これからの私たちは子や孫やもっと未来の子供たちのこと を思い遣り、この島を世界を害なわないようにしなけれぱなりません。薬剤 に頼るようなことをせず努力してゆける子供たちを育てねばならないのです。 そのためには私たちも努力しなけれぱなりません。正しく誇り高い心を持つ 子供たちの声が島のあちこちで響き渡ることを願います」
 私の質間に対する田川教授の応答は次のようなものであった。
 「薬剤を便用しても絶滅はあり得ずそれを使うとすれぱ半永久的に使わざ るを得ない。しかしそれには水質や効果の追跡調査は必須である」
 多くの島民は継続して薬剤散布を要望しているがいくら何でも島のあちこ ちを薬潰けにするわけにはいかない。追跡調査結果は町に要求しているが果 されていない。
 「空中散布でどの様な薬剤が使用されたのか知らないが最近キノコを使っ た生物学的躯除法が開発されている。それを試みられてはどうか」
 私は僅かではあるが農薬に関する書物を読んだがキノコを使った駆除法な るものは知らなかった。田川教授は私が質問した以外にこのようなことを話 された。
 「この島の椎の群生は極めて希なもので国定公園化が考えられる程の価値 がある。現在採石されている地域は椎群生の一地域であり残念である。どう しても採石しなけれぱならないのなら島全体が安山岩であり竹の密生地域と か別の場所を考えられてはどうか」

 在南国砂利有恨会社が本村港の真向かいにある向江浜で砕石採取を行っ ている。南国砂利は砕石から出る廃土石を燐接する椎群生林に投棄し総合グ ラウンドを凌ぐ広さを埋め立て、私が公民館長在任時に口永良部区議会より 意見書を提出して表面化し、一時県の指導を受けている。これは一重に県・ 町・業者・私も含めて島民の自然に対する無知不敬から生じたものである。

 陰で私を嫌う者が更に増えた。しかし私の小鳥の様な心臓は毛が生え面の 皮は厚いから構わないが、私の親しい人たちや妻子は大変であったろう。仮 に砕石現場が竹の密生地であったとしてもこの限られた孤島の一部がガリガ リと齧り取られるのは心が傷むではないか。そんな事は気にも掛けない島民 も多いが心を傷める島民も多いのである
。  この砕石採取は上屋久町か島での雇用促進を図るということで区の同意を 取り付け許可したもので、当初八名程度の雇用を見込んだらしいが現在二名 が就業している。雇用促進を図るためとはいえあまりにも島の損失が大きい ではないか。空中散布と同様あまりにも安易な施策ではないか。仕事を作り 出すなら島を害なわないものを真剣に考えなければならない。例えぱ島に三 組の若い夫婦が移住して来たとする。どなたかパネリストがおつしやった、 この島も琉球竹の緑の砂漠化が進行している、竹を薙ぎ続けて植樹すべきだ と。ではこの三人にやって貰おうではないか。三人の仕事道具は鉈と鎌と山 鋳だ。三人でゆっくり一年掛けれぱ相当な地域が植樹出来る。但しその地に 適った樹種を選ぷことだ。チェンソーなんぞ使う必要はない。竹の中の雑木 はそのまま残せぱ良いのだから。そしてその労賃は町が県が国が支払うのだ。 我々も税金をきちんと納めよう。機械を極力便わず日本の隅々でこの様なこ とが行なわれたら日本は蘇るであろう。そして世界をも蘇らせるカとなるであ ろう。へん! そんな簡単にゆくものかと言われるだろう。しかしやってみ る価値はあるだろう。行政は正しい理念と勇気を持たねばならぬ。

 に続いてやはり前列に腰を据えた後藤氏が質問した。
「行政の島に対す る先取り精神の必要性について」で、これは後藤氏が私と焼酎を飲めぱ常々 語ることで要約すれぱ、島の一部の口喧しい人たちや業者と町職員の馴れ合 いから鳥に対する行政が動いており、行政の島に対する確りした視点の無さ を憂い、行政の精神性を求めたものである。どのパネリストが応答したのか 私にはその答えがどうもよく分からなかった。
この後藤氏は私とぼぽ同年代 で大分県出身、やはり私とほぼ同し頃この島に移り住んだ。島の女性を嫁に 貰い子を成し生業は漁師である。私の最も親しい友人である。お互いに歳を 食ったせいかあまり飲めなくなったが若い頃はよく飲んだ。私は下駄をガラ ゴロ鳴らし後藤氏はエッサポツサと掛け声を発し私たちが通ると明かりが素 早く消えた。

 の質問が長かったので結局私と後藤氏が質間しただけで打ち切られてし まった。妻と青年代表も質問予定者でその他にも質間したい人が居たらしい。 妻は帰るなり私に曰うた・・・お父ちやんと後藤さんはもう絶対に前に出てはい けない! 若い人たちに発言させなさい! 後ろに居なさい! ・・・私が質問 し出すと何人か出てゆこうとして出口で職員と押し問答があったそうである。 島では何か集会があると後ろの方から席を占めてゆく、そして何時も前はガ ラガラしている。その様な事が私は何か気恥ずかしいのである。私は別に前 に出たいのではない。ウジウジコソコソするのは私は嫌いだ。しかしもう私 は前に出ない、頼まれたって出てやらない、後ろで皆を見ててやる、私は拗 ねている。

 の活性化とは何だろうかね。あちこちでイベントを企て村起しや島起し をやっている。それも宣かろう。しかし浮薄であってはならぬ、、断じて浮簿 であってはならぬ。私たちは死者をも含めこの世の生きとし生けるものの尊 厳を思い知らねぱならぬ。

*** **
私たちは今ユース・ホステルらしきものを建てている。
これは島を訪れる人たちも含めて皆で決して軽薄ではない 夢のある島を作るためだ。
この図の中央で指揮する男はもちろん迷棟梁である私だ。

ワーが死んだ