口永良部島に
■■  ユース・ホステルを造ろう  ■■
その1

文・イラスト / 貴船庄二



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 島  から撤退した恵命我神散(けいめいがしんさん) 乾燥工場の建物三棟分を、手前で解体撤去の条件で、計数万円で買い取った。
業者に依頼して解体運搬する金など私が持っているわけがない。 少々小金を稼いでも女房がすぐに使ってしまう。 若い頃からおしんもどきの生活をさせてきたから、その反動 が近頃出て来ても仕方ないかなとも思う。 そこで島の青年層に集ってもらい趣旨を説明、解体協力を要請した。 もちろんボランティアである。
初夏の日頃、まず八千枚にのぼる瓦降しを手 始めに、野地板・垂木をはがし、建物の中に柱を必要としない 合掌造りの屋根材(これが一番欲しがった)を、 桁からボルト・ナットをはずして取る。ボルト・ナットは塩錆びで 取りづらい。暑くてきつい、危険、汚ない、3Kだ。
合掌を吊り上げるのは業者がユンボで協力してく れた。皆自分の時間を割いて気持ちよく協力し てくれた。何が何でもユース・ホステルを造らねばならない。
夜、我が家で青年たちが飲んで騒いでも、眼をつむっていなければならない。

 島  で古い友人にゴトウという男がいる。この男は年中ひげ面で、 小型のプロレスラーみたいな体躯で、非常に力持ちだが、気は優しく、 はにかみ屋である。

この男が、島で電話線が地下ケーブルに 切り替えられた時、不用になった電柱を、自分でログハウスを建てるため、 一本500円で百本余り買った。その中から柱など骨組み用に 数十本分けてもらったが、もちろん金はまだ払っていない。
その内時効になるだろう。
ところで肝心の用地が決まらない。まごまごしている内に中学校が 新築されることになり、解体業者が、手前で解体するなら必要なものを 取ってもよいと言ってくれた。又もやボランティアである。
床板三教室分、床下の大床材、電燈器具、教室出入口の木製引き戸、 ガラスがいっぱいはまった木製の窓などを運び出した。
これで建物本体の資材がかなり揃った。しかし用地はまだ決まらない。

 私  の住む近所にヤマイチという三十過ぎの独身男がいる。 この男は少しどころか相当のお人好しである。自分の仕事は放ったらかして人の 加勢ばかりしている。当然、私の加勢もすることになる。
ヤマイチの父ちやんはもう亡くなったが、農機具から電動工具・大工道具と たいがいの道具類は揃えている。私の現在住む住居は台風でつぷれかかった廃屋を 改造増築したものだが、この道具類がなかったらできなかったろう。

ある日、ヤマイチは私にこう言った、いつユースが出来っとか、 早よせんと木が腐れっど、建てるならおいの田代の畑を便えばよかがな。
広さ八百坪ほど、高台で、梅を望み、硫黄島が見 える。敷地に作業小屋に適当な廃屋があり電気 もある。水は山水が引いてあるし、すぐ下の町 道の地下ケーブルから電話も引ける。桟橋から ちと遠いが若い者は歩けぱいい。荷物が多けれ ば迎えにも行こう、よしここに決めた。

 大  昔も女の時代であったが、今も女の時代で ある。少し以前は男の許に女が嫁いだが、今は 女が男を引っ張ってくる。島には若い娘が要る。 年寄りも元気に朗らかになる。何より私が若い 娘が好きだ。
さて、夢多い若い娘が、この口永良部島 にユース・ホステルがあると知って太陽丸に乗ってやって来る。
たいがいの娘たちは屋久島の雄大な山々や豊かな緑、適度な南国らし さや便利さや観光施設やらに街の煩雑さを逃れ、 ホッと溜め息をつく。そして、口永良部島に気 付くことも無く行こうとも思わないだろうが、 少し冒険心のある娘なら行ってみようと思うにちがいない。
島が近づいて来た。
中腹に這う一周道路の筋がわずかに人間の営為を感じさせる だけで何もなさそうな島だ。火山のせいで山頂 は岩肌を見せ、海辺の岩は切り立ち、火山の中 腹まで何の草か樹木か、緑の絨毯である。
船はトロトロ進み、山は刻々と姿を変える。波は飽 きもせず岩を洗っている。
船は大きく進路を曲げ、汽笛が鳴った。桟橋らしきものが見えてき た、まばらに人影が見える。黒い屋根のくすん だ低い家屋が少しかたまっているだけで、およ そ観光地とは縁遠い。

 着  いた、とにかく降りよう。
口永良部島ユース・ホステルは桟橋から一時 間以上歩かねばならない。迎えに来てもらえば 良かったと娘は後悔しながら、案内地図を片手 に珍しげに歩く。
これが農協、これは郵便局、 地図ではエラプ銀座通りと書いてある。あれよ と言う間に集落を過ぎて道は湾を見下ろす登り 坂になる。この眺めは確かに心地よい。大きな ガジュマルが海を背景に黒々と大形に枝を伸 ぱしている。道は大きく曲り、鬱蒼としてくる。
なにか竹ぱかりだな、屋久島とは似てないな、 畑らしいけど何を作っているのかな、あっ牛が いる、こっちを見ている、大夫夫かな……。道 の両側は竹や松、名も分からぬ潅木ぱかりでな にか無愛想だが、たまにチラッと海が見える。 かれこれ一時間は歩いた。家らしきものは見か けないし人にも会わない。娘は不安になってく る。
あっユース・ホステル人口と書いてある、 やっぱりあったんだ……。道の両側にはいろい ろな果樹や潅木が植わり、あい中は花壇で色と りどりの花が咲いている。

 私  は植物音痴だ。桃と桜の見分けがつかない。 植物に詳しい人がいると妙に感心してしまう。
島での友人にソメヤという男がいる、私たちは この男のことをソメヤ博士と呼んでいる。植物 や農業に関すること、その他諸々のことにやけ に詳しい。果樹のことでも話をさせると五時間 でも一人でしやべっている。酒が入ったらなお 更である。こちらは朦朧として右の耳から人れ ば左の耳から抜けている。

果樹の苗木が六十本 ほどあるからユース・ホステルの周りに植えよ うと言う。建物の工事にまだ取り掛かってもい ないのに果樹を植えることになった。
この樹は いつ頃に花が咲き、どんな花で、実の付くのは いつ頃で同種類のものよりはやや実は小さいと か、この樹はどこそこの国が原産で風に弱いか ら植えるならあそこがいいとか、馬の耳に念仏 である。私には実が成ってみないとなんの樹だか 分からない。実であれば、柿やミカンかぐらい 私でも分る。

 さ  て70メートル程枝道を抜けると建物が見 える。柱はくすんだ灰色の電柱がむき出しで、 壁板が無造作に打ちつけてある。娘は思う、白 い壁じゃなかった、倉庫みたい、入口はどこか な……。
細長い建物の中央に開け放した大きな 入口かある。娘は疑いと期待をもって中に入る。 中でたむろしている島の青年たちはもの欲しそ うな好奇の眼で娘をじろじろ見る。
どこでも男はもの欲しそうにじろじろ見るのだから……と 娘は気を締めて部屋の中を観察する。
天井が高い。天井板が無く、もろに屋根板が見えるのだ から高いはずだ。古い木造学校の一教室分位の 広さだ。足元を見ると土であるから、つまリ土 間だ。
どうもこれは食堂らしい……。直径2m 程ある手作りらしいごついテーブルが数個 でんと座り、窓辺には恋人同志がひっそりと語 らうには都合のいい小さなテーブルが据えてあ る。どこかで聞いたような音楽が聞こえる……。
私はモーツァルトが好きだ。バッハも、ヴィ ヴァルディも、ショパンも好きだ。演歌もたま には良いが加藤登紀子はいいね。カラオケは年 一度どこかでがなりたてればよろしい。私はテ レビが好きだ、しかしテレビは嫌いだ。我が家 やユース・ホステルにテレビがあれば気が滅 入ってしまう。何か恥かしくなる。テレビは置 かない。利用客は私の趣味、好みに従ってもら おう。
女房はもっと小うるさい。いやなら民宿 に泊まればよい。

 ま  あ! ようこそ、ニコニコ笑顔の、どこか 探るような眼をして女房が現れる。若い娘と いってもいろいろいるからねぇ……、この娘は 使えそうかな……、この娘は島でもちこたえら れるかなあ……と女衒(ぜげん) 並みの観察をやってのける。
しかし今までこの女房の観察はあまり当っ たためしがなく、私にプツプツ不平を鳴らすだ けである。私など若い娘というだけで合格だか らいたって幸せである。
何故、島にユース・ホステルを造るのか?
第一の目的は、この島に若い娘を引っ掛ける ためだ。私にとって男は二の次だが、女房はど うだか私は知らない。
第二の目的は島の連中と 島を訪れた客とがワンジャワンジャ入り込めるためだ。
年寄りたちもたまに食事に来れぱよいし、日用の買 物以外自分のために金を使うところもないのだから、 コーヒーでも飲んで金を使うのもいいだろう。夏かき 氷でもすれぱ、じいちゃんぱあちゃん喜ぷにちがいない。
第三に、ただワンジャワンジャ騒がしくするだけでなく、 島のこと世界のことを真剣に話し合うためだ。
どうすれば島を世界を害なわず我々は活々と暮せ るかをだ。年寄りが安らかに暮せて、子供たち が増え、独自で美しい島でありたいものだ。

 女  房が、泊まりますかと聞く。娘は何か決心 をしたかのように、ええ、お願いします。 戻ろうにも太陽丸はもう出てしまった。
それじや部屋へ案内しましょう。
この建物は中央が8mX8mの広間兼食堂で、 奥に4mX4mほどの厨房が付いており、両側に 7mX7mの男子棟と女子棟があって、両翼よ リ食堂へ集まることができる。女房は厨房を もっと大きくして食品加工場も兼ねたものを造 れと要求する。宿舎の床は例の中学校教室の床 板を使い、窓はやはり中学校の木製ガラス戸だ から、とどのつまり教室である。
窓から島が見える。 あれは硫黄島ですよ、荷物を置いたら、 お茶を入れますから食堂へどうぞ、と女房。娘 はだだっ広い部屋と窓から見える海をかわるが わる眺め、再び決心して食堂へ入っていく。
例のもの欲しそうな眼だ、無視して広いテーブル を前に腰かける。女房は茶をさしながらどこか ら来られたのと聴取を始める。お名前は、お幾 つ、どこの学校、お仕事は、どうしてこの島を 知ったの、お父さんお母さんは、貴女は長女、 恋人はいるの……と言った具合である。まず受 け答え、仕草、笑い方からこの娘の感性を探る。 宿泊中、食器の上げ下げ、自発的に手伝いを申 し出るか、島の連中とどのような話や態度を示 すか、いかに行動するか観察を怠らない。娘を 気に入れば、自分の大事にしていること、思っ ていること、好きなこと、興味のあること、得 意なこと、草木や感銘を愛けた本のこと、男の バカバカしさのことなどなど、娘の反応を見な がらジワジワ攻めていく。

 夜  は11時まで食堂を開こう、それ以後は年 に数回あればよい。もちろん夜は酒を飲む。酒 がなければ人生面白くない。
娘は飲んだ島の連中のハチャメチャに驚き、 少し恐くなる。しかしこのハチャメチャは 島での生活の裏打ちがあり、決して無礼なものではない。
彼らは朝起きたらケロッとした顔で、ヒョッコリ顔を出す。 気に人った娘があれば、たいがい魚や貝や地玉 子やら貢物をもってやって来る。暇があれば何 かと世話を焼こうとする。
明敏な娘であれば街と島の暮しの違い、時の流れの違い、 そして一人一人の存在の重さに気付き始める。
この島にもう少し居たいな……、このユース・ホステル で少し仕事をさせてもらえないかな……と、 ここまできたらしめたものである。
この先はまだ考えていない。

 五  月に入ったら、まず作業小屋を修理して、 基礎工事に着工予定している。建築木材の墨出 しは私がするが、刻み込みは皆に手伝ってもら い、一挙にパタパタと組み上げてしまおう。建 物にはなるだけ金を掛けず、その代り設備を充 実させよう。障害のある人たちが使い易いよう 心がけよう。生活排水など気を付けよう。
建設資金は、五万円でも五十万円でも額を問わず、 出資者を募ろう。その替りとして、五万円なら 五万円分の口永良部島ユース・ホステル宿泊券 を発行しよう。その券は別の人に譲ってもかま わない。なるたけ多くの出資者が現れることを 期待している。
この口永良部島ユース・ホステルは私のものではない。 協力いただいた皆さんのものである。 しかし運営の方針は私や女房にお任せ願おう。
オープンはいつになるかまだ分からない。



 【追記】 

つい先日、口永良部で公民館長選挙があった。 公民館役員の任期は二年で、今年は改選にあた り、20数年ぶりに私を含めて2名が館長に立 候補した。結果、有権戸数85戸のうち38票 対35票で私は敗れた。この選挙は妙な選挙で あったが、内容はいずれ又。
公民館長は日永良部教育振興推進協議会長を 務めることになっている。ついでに口永良部テ レビ組合長も務める。前公民館長であった私は、 テレビを持ってもいないのにテレビ組合長を務 めていた。
前号の「島民募集」は協議会長とし ての文であるが、今回の「ユース・ホステルを 造ろう」は、私個人の島民募集に関連した文で ある。
次いで口永良部ユース・ホステル建設に 資金を申し出ようと思われる方々は、下記まで。

■ 連絡先 ■
〒891-4208
鹿児島県熊毛郡上屋久町口永良部島555番地
   貴船庄二
   電話  09974-9-2213

EMAIL(取次):     cap87090@pop01.odn.ne.jp

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(その)に続く